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2023年1月19日木曜日

長崎俊一『西の魔女が死んだ』

梨木果歩の原作を読んだのは20年前くらいだろうか。
きっとこういう話は長女が好きだろうと思って、すすめてみたところたいそう気に入ったようである。
小学校の5年生か6年生か、たぶんそんな年頃だったと思う。
長女の本棚にはその後、『ピスタチオ』『水辺にて』『村田エフェンディ滞土録』などが並ぶ。
映画ができたのは知っていたが、なかなか観る機会を得ず、先日テレビでようやく観た。
ロケ地は南アルプス、八ヶ岳のふもとであるらしい。
清々しい風を感じる映画だった。

2021年2月15日月曜日

ケニー・オルテガ「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」

先日、BSで見るともなく見てしまったマイケル・ジャクソンのドキュメンタリー。
ロンドンを皮切りに、世界をコンサートしてまわる予定だったという。
そしてそのロンドン公演の直前にマイケルは帰らぬ人となる。
ライブ映画ではない、ただのリハーサル映像である。
それでも2時間近く堪能できてしまうのが、さすがキング・オブ・ポップである。

2020年9月1日火曜日

曽利文彦「ピンポン」

漫画が原作という映画は多い。

松本大洋原作のこの漫画を雑誌に連載されている頃から読んでいた。映画化されると聞いて、楽しみにしていた。

というわけでもう何度も観ている。今回で何回目になるだろう。

それでも月本が井浦新だったのか、とか脚本は宮藤官九郎だったんだとクレジットを見てはじめて気が付くことも多い。

僕はこの映画の、どこを観ていたのだろう。

先日藤沢に行ったことを思い出した。

2020年8月17日月曜日

羽住英一郎「おっぱいバレー」

先週のことだったか、夢に綾瀬はるかがあらわれた。どうしたわけか、デートすることになった。彼女はお気に入りの女優であることはたしかだが、夢のなかに登場するほど大ファンだったろうか。

女性の教師がある日、ある学校にやってきて、事件を起こして去っていく映画やドラマはパターンとしてあるものの、動機が不純すぎて過ぎてかえっておもしろい作品になっていた。

元カレと再会を果たしたところで「このおっぱいはわたしだけのものじゃないの」と拒絶するシーンは笑えた。

どんなに理不尽であっても人間は「約束」を大切にする素晴らしい生きものだということと、中学生というやつらは(自分も含めて)なんと下等な生きものであるかということをこの映画から学んだ。

2019年2月1日金曜日

ニール・ジョーダン「オンディーヌ 海辺の恋人」

光文社古典新訳文庫にジャン・ジロドゥ『オンディーヌ』という戯曲があり、そのうち読んでみようかと思っていた。
これはその映画化されたものかと思っていたが、どうやら違うようだ。
ファンタジーを思わせながら、ちょっとおどろきの結末に向かっていく。
子役のアニー(アリソン・バリー)がいい。
オンディーヌが歌うとエビや魚がたくさん獲れるのはどうしてなんだろうという疑問は残るけれど。

2019年1月20日日曜日

篠原哲雄「地下鉄(メトロ)に乗って」

いつだったか、テレビで放映されたときに視た映画。
原作は大人のおとぎ話を得意とする(勝手にそう決めている)浅田次郎だ。
原作は読んだだろうか、記憶は定かでない(映画にはタチの悪いシューシャインボーイが登場する)。
新中野の駅前商店街は伊東で撮影されたという。
東京メトロが全面的に協力している。早朝深夜のロケ撮影だったのではないか。
みち子の部屋から早暁の中野検車区が見える。
きっとすぐそばを神田川が流れていたにちがいない。

2018年9月20日木曜日

フィルダ・ロイド「マンマ・ミーア!」

結婚式を目前に控え、父親さがしをする娘。
舞台はギリシャ。エーゲ海に浮かぶ小島。圧倒的な風景とたたみかけるアバのヒット曲。
多少つまらない映画だったとしても許される要素はいくらでもあったのに、思いがけなくハッピーな結末。
いずれ名作と呼ばれる映画になるかも知れない。

2018年3月5日月曜日

原田眞人「突入せよ!「あさま山荘事件」」

1972年。
講堂件体育館ではほうきをスティックに、輪投げの輪をパックにしたアイスホッケーごっこが流行っていた。
札幌オリンピックでにぎわっていたテレビが何週間も経たないうちに凄惨な事件現場を連日中継いていた。
連合赤軍という言葉の意味はよくわからなかった。犯人たちは名のある大学に通った若者が多いと聞いた。
もうすぐ中学生になる自分は恐怖と不安のまなざしでじっとテレビを視ていた。
大人になるのが怖かった頃のできごとである。

2017年5月26日金曜日

ミシェル・ゴンドリー「エターナル・サンシャイン」

古い予定表によるとこの映画を2005年3月30日に観ている。
記憶を消し去られる男と女の物語だ。
長い歳月を経てもういちど観てみると記憶を消し去られていたのは登場人物だけではなく僕自身もそうだったことがわかる。
記憶の彼方に追いやられていてしまった映画だ。
ジム・キャリーというとコメディ俳優と思っていた。「マスク」の印象が強かったせいだろう。
この映画ではそんな感じはぜんぜんしなかった。

2017年5月17日水曜日

崔洋一「血と骨」

2004年の公開時に観た映画をもういちど。
あらためて観てみると、俊平の息子正雄はテレビドラマ「下町ロケット」で帝国重工の研究員だった新井浩文だったとわかる。濱田マリが連れてきた長女はファブリーズのCMでおなじみの平岩紙だ。かまぼこ職人からやくざの親分になった北村一輝も当時はおそらくその名を知らなったと思う。
原作は梁石日の同名小説となっているが、むしろ作者の回顧録である『修羅を生きる』に基づいていると思う。
原作者の父親がほんとうにこんな人であったとするならば、これはちょっとした恐怖映画である。

2017年4月14日金曜日

スティーブン・スピルバーグ「ターミナル」

ほとんどのシーンがジョン・F・ケネディ国際空港である。
大きな空港だからさまざまなシーンにめぐり会うことができる。それでも舞台は空港。
そういった意味ではミニマルな映画だ。
もし自分が同じような境遇になったとしたら、やはり英語が理解できないのはつらいだろうな。英語が話せるのに話せない役を演じるのもたいへんだろうけど。
ピーナツ缶のエピソードはいい話だった。
村上春樹の『セロニアス・モンクのいた風景』を読んでみたくなった。

2016年12月28日水曜日

ロバート・ゼメキス「ポーラー・エクスプレス」

今年のクリスマスも何となくあわただしく過ぎていった。ゆっくり映画でも観られたらよかったのに。
ちょっと気のはやい話だけど来年のクリスマスに観ようと思っていた映画を観る。
アメリカ人は列車の屋根の上とジェットコースターが大好きなんだな。
娘が小さいころ、サンタさんて本当にいるのと訊かれた。
もちろんいるよ、君の心のなかに。
そう答えた。

2016年11月21日月曜日

マーティン・スコセッシ「アビエイター」

ケイト・ベッキンセイルの出演している映画をさがしていたら、この映画が引っかかった。
10年ほど前にアメリカの実業家ハワード・ヒューズの半生を綴った映画として公開された。ヒューズも莫大なお金を投じて映画製作をしたそうだが、この映画も相当な費用がかかっている(ように見える)。あの巨大な飛行機ハーキュリーはまさか実写ではあるまい。ミニチュアでもないだろう。C.G.にしてはよくできている。
いろいろよくできているのでケイト・ベッキンセイルが目立たなかったではないか。

2016年11月1日火曜日

黒木和雄「父と暮らせば」

原爆ドームをはじめて見たのは高校卒業間際の3月だった。40年近く前のことだ。
原作は井上ひさしの戯曲。まだ読んでいない。
ヒロシマについて、僕はあまりに知らなさ過ぎた。
「黒い雨」にしろ、この映画にしろ観ておくべきだった。原爆ドームを見る前に。
原子爆弾の物理的破壊力が悪とされている。放射能汚染による身体的な被害も深刻だ。それにもまして人の心を蝕んでいく。生き残った娘と生き残れなかった父がそれを語ってくれる。
もともとが演劇だったこともあり、出演者はごくわずか。セットもきわめてシンプル。
好きな映画だ。

2016年10月25日火曜日

ドミニク・セナ「ホワイトアウト」

ケイト・ベッキンセイルで検索していたら2009年のアメリカ映画が見つかった。しかもアマゾンのプライム会員だと0円で観られるということでついつい観てしまった。
南極大陸で起きた殺人事件。その50年前の旧ソ連貨物機墜落事故が絡む。
あと何日かで闇に閉ざされる南極。
以前観た韓国映画、ソン・ガンホ主演の「南極日誌」を思い出した。

2016年10月7日金曜日

ピーター・チェルソム「セレンディピティ」

以前BSで録画した映画を観た。
何の予備知識もなく、暇にまかせて観た。
どこかで見たことのある女優。見たことがあるといっても青山通りですれ違ったとか銀座の蕎麦屋にたまたま居合わせたとかじゃない(あたりまえだ)。
十年以上前に観た「ヴァン・ヘルシング」に出ていた女優ケイト・ベッキンセイルだ。
まさにセレンディピティ。僕にとって運命の女優かもしれない。

2015年2月19日木曜日

チャン・イーモウ「単騎、千里を走る。」

高倉健の追悼特集がテレビで放映され、レンタルビデオ店では特設コーナーが設けられたりしている。この映画もBSで放映されたものを録画で観た。
絶縁状態にあった父と子。
余命幾許もない民俗学者の息子。彼が交わした約束を果たすために父親高倉健が単身中国に渡る。
現地では多くのエキストラが必要だっただろうが、出演者がきわめて少なく、濃厚なドラマだった。中国ならではの雄大な乾いた景色もいい。
旅先で高倉健がビデオカメラやデジタルカメラを扱っていた。ほんとうは不器用ではないのかもしれない。

2015年2月8日日曜日

ラデュ・ミヘイレアニュ「オーケストラ!」

何年前だろう。早稲田松竹でこの映画が上映されていて観に行きたかったのだが、そのチャンスを逃してしまった。
BSプレミアムで放映された。今度は見逃さなかった。
音楽ものは難しい。
プロの目から見れば、ちゃんと弾いているのか、指揮できているのかは(たぶん)一目瞭然だろう。
もちろん僕にはわからない。仮にアンヌ=マリーが上手に弾けていなくても、メラニー・ロランの美しさに免じて許してあげたいと思う。

2015年1月28日水曜日

小泉尭史「博士の愛した数式」

観終わって、よかったなと思える率が高いのが小泉尭史の作品だ。
難解な数学用語が出てくる。しかしそれらに難しさが感じられない。純度を高めれば高めるほど、すっと心に入り込んでくる。学問って本来そういうものなんじゃないかと思えてくる。
シーンがいたってシンプルだ。
博士の家とそこにいたる道、家政婦紹介所、散歩、少年野球、そして数学教師になったルートが教壇に立つ教室(職を失った深津絵里が仕事場を転々とする場面はあるものの)。
ところどころ季節の移ろいを見せる実景が効果的にはさみこまれている。無駄がない。
博士が好きそうな構成だ。

2015年1月2日金曜日

神山征二郎「ラストゲーム最後の早慶戦」

最後の早慶戦の舞台となった戸塚球場は西早稲田にあった。
僕らの世代には安部球場という名で親しまれていたと思う。残念ながらそこで野球を観ることはなかった。
日本の野球史をひもとくとそのルーツは学生野球だ。
早慶戦開催の電報を受け、東京に戻る慶應の別当薫が列車の中で喝采の拍手を浴びる。野球のスターといえば職業野球の選手ではなく早稲田、慶應の選手だったことがわかる。
飛田穂洲も日本野球史にその名をとどめる学生野球の指導者だ。柄本明の演技が光る。
この最後の早慶線に傾けた情熱も歴史の中で輝きを放っている。