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2024年10月29日火曜日

デヴィッド・リーン「戦場にかける橋」

録画してあった「戦場にかける橋」を観た。
たぶんずっと前に観たことはあると思うが、もう忘れている。クライマックスに向かうところなどずいぶん手が込んでいる。それにしてもあの爆破シーンはどうやって撮ったのだろう。ミニチュアか?まさか?
ビルマ(今のミャンマー)まで進軍していたというのは太平洋戦争初期の頃でまだ大日本帝国陸軍がイケイケドンドンだった時代だ。そんな景気よさを南房総七浦村が生んだハリウッドスター早川雪洲が巧みに演じている。

早川雪洲は房州千田の出身である。今の南房総市千倉町の西端に位置する千田、大川、白間津はかつては七浦村だった。白間津は母が生まれ育った集落であり、大川には伯母たちが住んでいた。今もいとこたちが白間津、大川に住んでいる。
早川の実家はあわびの養殖などしていたようである。そのために古くから渡米し、その技術を学んだという。僕の叔父は就職した広告会社を5年で退職し、ニューヨークに渡っている。どこで英語を学んだか知らないが、英語でコミュニケーションすることに抵抗を感じない風土がそこにあったのかもしれない。



2024年1月8日月曜日

黒澤明「生きる」

久しぶりに映画を観た。
いやいや映画をまったく観ていないわけではない。テレビで放映される「インディ・ジョーンズ」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ホーム・アローン」などは毎度毎度楽しみに観ている。先日も「千と千尋の神隠し」を観たばかりだ。
NHKで黒澤明監督「生きる」を放映していた。志村喬の好演で評価の高い名作であるが、観るのははじめてである。志村の演技にましてすごいと思わせたのは斬新な構成である。映画の後半、一気にたたみかける編集の素晴らしさ。さすが世界のクロサワである。

2022年1月26日水曜日

フレッド・M・ウィルコックス「禁断の惑星」

1956年に公開されたSF映画。
2200年には宇宙への移民がはじまっていた。
消息を絶った移民団の捜索に出かける宇宙船(空飛ぶ円盤)がたどり着いたのはアルテア4という惑星。
その星には地球よりも多くの酸素があった。
かつて住んでいた先住民族が高度な科学技術を駆使して、莫大なエネルギーを生成する設備を持っていた。
このエネルギーの源が原子力であるとすれば、化石燃料を燃やし続けた地球より空気はきれいなはずだ(2200年にはおそらく温室効果ガスも排出されてはいないだろうが)。
ずっとこの星に住んでいる博士の片腕ともいうべきロボット(ロビー)がすぐれている。
見た目はブリキのおもちゃのようだが(というかこのロボットをモデルに多くのおもちゃがつくられたのかもしれない)、既存の物質を分析し、再生することができる。
こんな都合のいいロボットは他に類を見ない。

2022年1月5日水曜日

野村芳太郎「張込み」

この10年少々で、いちばん観た監督は、おそらく成瀬巳喜男、次が野村芳太郎ではないか。
どうしたわけか気に入っている。
ラピュタ阿佐ヶ谷前回の企画「のりもの映画祭」がまだまだ続くようなラインナップの新特集松本清張。
いきなり鹿児島行きの夜行急行からはじまる。
東京駅で新聞記者に見つかった刑事ふたり、柚木と下岡は省線で横浜駅に向かい、間一髪で東京始発の急行に乗り込む。
横浜駅のホームには「やっさもっさ」でおなじみのシウマイ娘がいる。
1950年代の風景である。
列車は西へ。
静岡、大阪を過ぎ、まだ電化されいなかった山陽本線で広島を過ぎる。
C62やC59など、当時山陽本線の主力蒸気機関車が力強く牽引する。
そして電気機関車が関門海峡トンネルをくぐる。
もうこれだけで主菜なしにお腹いっぱいである。
ふたりの刑事は佐賀で容疑者があらわれるであろう元恋人の住む家の前の旅館に滞在する。
張込み自体は大した話ではないし、下岡刑事役の宮口精二も昼寝ばかりで「七人の侍」のときのようにかっこよくない。
容疑者石井(田村高廣)とその元恋人さだ子(高峰秀子)がいい。
このふたりを主役にしても一本映画ができそうだ。
そうなればこちらの「張込み」は当然、サイドストーリーになるだろう。

小林恒夫「点と線」

ついこのあいだまで「のりもの映画祭」という特集を組んでいたラピュタ阿佐ヶ谷。
新年第一弾の企画は松本清張である。
松本清張原作の映画といえばこれだ。
テレビドラマで視ていたせいか、映画も観ていたつもりだった。
高峰三重子、山形勲…、やはり観ていない。
この、不朽の名作を観ていなかった。
それにしても松本清張特集になったもの、まだまだ「のりもの映画祭」を色濃く残しているラピュタ阿佐ヶ谷であった。

2022年1月3日月曜日

マイケル・アンダーソン「八十日間世界一周」

正月は特にすることもなく、箱根駅伝やラグビー大学選手権などを見て過ごす。
駅伝は長いことサッポロビールがスポンサーになっている。妻夫木聡が多彩なゲストを訪ねてインタビューするCMになっている。
B.G.M.には聴きおぼえがある。
ヴィクター・ヤングが作曲したArround The World、1957年に公開された「八十日間世界一周」のテーマ音楽である。
昨年だったかテレビで放映されたときに録画しておいた。
CMになるたびにせっかく録画した映画を見なくてはという気分になったので駅伝終了後に観た。
19世紀、人間は高度な移動手段を手に入れていた。

2020年6月20日土曜日

ジョン・スタージェス「老人と海」

ヘミングウェイの『老人と海』を読んだとき、思い出したのは、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』だ。
ずいぶんひさしぶりにこの映画を観たけれど、どうしたわけか相米慎二「魚影の群れ」を思い出した。
サメが登場する場面の音楽は、昔からこういう曲なんだなと思った。

2020年5月25日月曜日

井上梅次「嵐を呼ぶ男」

すぐ近くを山手線の電車や貨物列車が通り過ぎていく。
石段を上がったところに主人公国分正一の実家であるアパートがある。
裕次郎坂と名付けた人がいるという。
当時の人ではないし、その時代に観たわけではないから、映画については何とも言えないが、やっぱり石原裕次郎って人はスターなんだなと思う。
こんど裕次郎坂を見に行こう。

2019年11月12日火曜日

古川卓巳「太陽の季節」

終戦から10年が過ぎ、民主主義を植え付けられた子どもたちが時代の表舞台に登場する。
この映画は(原作も含めて)、その時代をシャープに切りとった作品といえる。
ところがこうして今観てみるとどうもピンとこない。
あまりに現実ばなれした感がある。
もちろん同時代を生きてきたわけではないから、腑に落ちない点は多々ある。
僕にとっては過去のある特殊な若者風俗としか映らなかった。

2019年10月8日火曜日

澁谷實「やっさもっさ」

今年は獅子文六没後50年ということらしく、神奈川近代文学館では獅子文六展が予定されていたり、ラピュタ阿佐ヶ谷では獅子文六ハイカラ日和と称して映画も特集されている。
観たい映画ばかりなのだが、映画が1000円になるのはあと少しかかるので尻込みしていた。
ようやく「やっさもっさ」を観る。
舞台は横浜根岸にある混血孤児の施設。
終戦直後の横浜が映し出される。
横浜駅ではシウマイ娘が崎陽軒のシウマイを売っている。
獅子文六の原作が映画化され、シウマイ娘は全国的に知られることになり、その人気にあやかって映画公開の翌昭和29年にシウマイ弁当が売られるようになったというが本当のところは知らない。
実は原作の『やっさもっさ』はまだ読んでいない。
筑摩書房がまだ文庫化していないからだ。
お昼はシウマイ弁当にした。

2019年9月10日火曜日

ヴィンセント・ミネリ「巴里のアメリカ人」

ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」は仕事をしながらよく聴く曲だ。
お恥ずかしいことにこれが映画の主題歌だったと知ったのはつい最近のこと。
どんな映画だったのかたしめてみることにした。
主演がジーン・ケリーだからおそらくミュージカル映画だろうとは思っていたが。
詳しいことは書かないけれどラストは圧倒される。
パリのアメリカ人の夢とエネルギーがファンタジックに描かれている。
「ラ・ラ・ランド」みたいな映画だった。
そうじゃない、この映画が「ラ・ラ・ランド」のベースになっているのだ。

2019年8月26日月曜日

市川崑「野火」

先日観た塚本晋也監督の「野火」はリメイク版で、1959年に市川崑の手によってこの作品は映画化されていた。
主人公田村一等兵は船越英二で孤立した日本軍の敗残兵役は高く評価されたという。
ポリデントで入れ歯を洗浄するすっと以前の船越英二である。

2019年8月25日日曜日

黒澤明「天国と地獄」

ずいぶん昔のことだが、ある靴メーカーの広告をつくっていた。
その会社の工場は横浜の日吉にあり、いちど見学させてもらった。
ほとんど機械化されていたけれど古くからいる職人もいて、クラフトマンの世界なのだと思った。
主人公権藤は靴職人から常務取締役まで登りつめた男で、靴づくりに真摯に向き合って生きてきたと工場の古参(東野英治郎)が証言する。
この工場は日吉にあった工場に違いない。
横浜、鎌倉、小田原とロケ撮影されている。主たる舞台は横浜黄金町であるが、スタジオにセットを組んだシーンも多いという。
遠景で見る横浜はまだ空が高かった。

2019年8月17日土曜日

関川秀雄「ひろしま」

広島原子爆弾投下の8年後、1953(昭和28)年にこの映画は制作され、公開されていた。
昨日、NHKのEテレで放映されてはじめて知る。
自分のなかの恥ずかしい自分が恥ずかしい。
長田新の『原爆の子』をもとに脚本が書かれたという。
世界にヒロシマを伝えることもたいせつだが、日本人に、身近な人々にヒロシマを語り継いでいくことがなにより欠かせないという高校生の発言に目を見張る。
そして加藤嘉が泣かせる。

2019年6月28日金曜日

本多猪四郎「ゴジラ」

子どもの頃は怪獣映画というだけでわくわくして観たものだが、そもそもゴジラとはいかなるメッセージをたずさえて生まれてきたのだろう。
水爆実験に対する批判かもしれない。
だとしたらこの映画は強烈だ。
原爆で終わらせた戦争からまだ10年にも満たない敗戦国の首都東京がふたたび火の海につつまれる。
逃げまどう子どもたちの様子は復興半ばである。
今となってはCM音楽になってしまっているが、この映画の音楽は戦後日本の映画音楽を代表するものと言っていい。
ゴジラはこの先、メッセージ性を薄めていくように思える。
最初のゴジラはいちばんたいせつにしたいゴジラだと思っている。

2019年5月23日木曜日

ウィリアム・ディーター「旅愁」

落語の佃祭という噺を思い出した。
神田から祭見物に出かけた男が帰りの舟に乗りそびれ、その舟が転覆してしまう。
飛行機事故というきっかけがなんともアメリカらしいスケールを感じさせるし、そんな時代だったのだと思い起こさせる。
モノクロ映画ではあるけれど、イタリアの風景が美しい。

2019年5月1日水曜日

リチャード・ブルックス「雨の朝巴里に死す」

フィッツジェラルドの「パリの朝雨に死す」は以前読んだことがある。
記憶はそれほど残っていない。
酒におぼれた作家がひとりさびしく死んでいく、そんなストーリーだったかもしれない。
もちろんフィッツジェラルドの時代のパリだから第一次世界大戦後だったに違いない。
この映画では第二次大戦後になっている。
昔読んだ記憶がないのに、ちょっと違うよなあ、という感想を持つのもいかがなものかと思うけれど、なんとなくしっくり来ない映画だった。
それはともかくエリザベス・テーラーは圧倒的に美しかった。

2019年4月30日火曜日

黒澤明「七人の侍」

志村喬、三船敏郎、木村功、稲葉義男、千秋実、加東大介、宮口精二。
黒澤映画でおなじみの名優たちが野武士たちを討つ。
三船敏郎以外はすべてかっこいい。
とりわけ宮口精二がいい。
今リメイクしたらどんなキャストになるだろう。
勘兵衛・佐藤浩市、菊千代・木村拓哉、勝四郎・中村倫也、五郎兵衛・浅野忠信、七次郎・鈴木亮平、平八・香川照之、久蔵・嶋田久作。
嶋田久作はもちろん「帝都物語」の嶋田久作だ。
平成最後の暇な休日、くだらないことを考えている。

2019年1月30日水曜日

黒澤明「羅生門」

何度か観ている映画だが、ヴェネツィア国際映画祭やアカデミー賞で高い評価を受けた作品だけについかしこまって観ていたように思う。
歳をとったせいだろうか、こういった傑作をようやくリラックスして観ることができるようになった。
久しぶりに観てみるとなんともおもしろい。よくできている映画だ(と僕なんぞが口にするセリフではないけれど)。
シチュエーションは3つしかない。
終戦間もない日本で贅を尽くすことなく、アイデアで世界に挑んだ名作だ。

2019年1月6日日曜日

ジョージ・スティーヴンス「シェーン」

古くから正義の強者を希求してきたアメリカ映画の歴史はヒーローの歴史だ。
シェーンはその歴代ヒーローのなかでも屈指の存在といえる。
昔のヒーローは簡潔でわかりやすい。
不倫なんかしない。
そしてこの時代のヒーローは何度も何度もピンチを乗り越えることもなく、あっという間に悪者をやっつけてしまう。
続編でもっと強いやつが登場することもない。
シェーンがアメリカの永遠のヒーローであり続けるのはそのわかりやすさと潔さよさのせいだろう。