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2022年1月17日月曜日

野村芳太郎「影の車」

ラピュタ阿佐ヶ谷で松本清張特集。
加藤剛演じる主人公浜島は南房総千倉町瀬戸の出身(これは映画だけのオリジナルな設定であるらしい)。
瀬戸は千倉駅周辺の集落で大きな砂浜がある。
僕が幼少の頃から訪ねてきた七浦、白間津は千倉町でも白浜町に接するはずれ。
瀬戸と聞くと千倉町の中心部というイメージがある。
もちろんロケ地は千倉ではなかろう(瀬戸に磯釣りをするような場所はないと思う)。
北陸のイメージが強いが、それは「ゼロの焦点」「鬼畜」など、野村芳太郎の観過ぎかもしれない。
岩下志麻扮する小磯泰子と浜島は幼い頃、千倉町で出会い、都心のベッドタウンの路線バスで再会する。
野村芳太郎、加藤剛、岩下志麻とくれば、この先どんな事件が起こるのか、固唾をのんで見守るしかない。
放っておけば単なる不倫ドラマである。
事件はいつどうやって起こるのか。
少年時代の重い記憶を引きずって生きる加藤剛。
「点と線」や「砂の器」のように犯人を追いつめる映画ではなく、追いつめられた者が犯罪を犯す心理サスペンスドラマだ。
原作も読んでみたくなった。

2021年9月23日木曜日

ジョン・ギラーミン「タワーリング・インフェルノ」

休日、NHKBSで「タワーリング・インフェルノ」を観る。
パニック映画の嚆矢と言われるこの映画。製作は「ポセイドン・アドベンチャー」のアーヴィン・アレンである。
超高層ビルの火災。鎮火するまでの間にさまざまな人生ドラマが挿入される。分厚い作品に仕上がっている。
屋上の貯水タンクに水が入っててほんとうによかった。

2020年12月26日土曜日

ジョージ・ルーカス「アメリカン・グラフィティ」

以前、『罪と罰』を読んだことがない作家たちがどんな話なのかを議論する(そして少しづつ読んでいく)本があり、とてもおもしろく読ませてもらった。
題名は知っているけれど、どんな映画かわからない作品が僕の場合、多い。
この作品もそのひとつだ。
要するに、これは「スタンド・バイ・ミー」の青春版なのだと気づく。
そうじゃない。
「スタンド・バイ・ミー」がこの映画の少年版なのだ。
「ララランド」を先に観て、「巴里のアメリカ人」を後で観た。
それと似た感覚。
60年代のアメリカはどれだけガソリンを燃やしていたのだろう。
2050年に見直したら、自動車が蒸気機関車に見えるかもしれない。

2020年9月7日月曜日

藤田敏八「赤ちょうちん」

タイトルは赤ちょうちんだが、赤ちょうちんは出てこない。主題歌もかぐや姫の「赤ちょうちん」だが、赤いマフラーをして銭湯から帰るシーンはあるが、その歌詞は「神田川」のもので「赤ちょうちん」ではない。

かといって題名から想像できる内容の映画ではないとも言えない。1970年代の空気がそこに漂っている。どこかで見たことのある風景が連なる。どこにでもあるような町が映し出される。どこかにいたであろう若者たちが住んでいる。

でも、人も町も風景も遠い過去になってしまっている。

2020年8月10日月曜日

森谷司郎「日本沈没」

 小松左京原作の『日本沈没』は1973年にベストセラーになったSF小説で、その年に映画化もされている。

僕は中学生で映画とは無縁の生活を送っていたけれど、当時話題になった本と映画という記憶だけは残っている。

50年近い時を隔てて観てみると、まあ怪獣の出てこない大人の特撮映画だったことがわかる。

今だったらコンピュータグラフィックスを駆使したりするのだろうが、当時はミニチュアをつくって破壊したり、燃やしたりしていたのだろう。

50年近く経って、コンピュータグラフィックスを駆使することもできない僕がとやかく言うのことではないが。

2019年8月30日金曜日

ジャック・スマイト「ミッドウェイ」

ミッドウェー海戦は1942年、太平洋戦争の火ぶたを切った真珠湾攻撃の7か月後の出来事である。
当初、アメリカが苦戦を強いられるが、当時はまだ零戦をはじめとする日本の戦闘機の性能と操縦技術がアメリカを凌駕していたのかも知れない。
ただ物資の豊富さと情報に対する敏感さは当然、アメリカの方がすぐれている。
それにしても日本海軍が善戦したことは、映画の演出ではあろうが評価したい。

2019年6月18日火曜日

ロナルド・ニーム「ポセイドン・アドベンチャー」

何度も観ているのにもう一度観たい映画の最高峰といえるのが「ポセイドン・アドベンチャー」だ。
何度も観ているのに何度も息を止めて観てしまう映画は後にも先にもこれしかない。
パニック映画が本格化したのが1970年代と言われているが、この映画はまさしく嚆矢といえ、その後「タワーリング・インフェルノ」「ジョーズ」が生まれる。
ジーン・ハックマン演じる風変わりな牧師スコットをはじめ、サバイバーたちのキャラクター設定が素晴らしく、文句ばかりでいつも誤解されがちな刑事ロゴなんか、とてもいい人じゃないかと思う。
この暑苦しい男ふたりに導かれて生還する男女。
もちろん落命したものだっている。
緊迫の脱出劇の直前までは呑気に新年のカウントダウンをしていた。
この元祖パニック映画の主題歌「モーニング・アフター」をモーリン・マクガバンがさわやかに歌う。
なんとも凝った趣向である。

2018年12月19日水曜日

山田洋次「続・男はつらいよ」

好評だった第一作に続いて1969年に公開された第二弾。
母親との再会、恩師の死、そして失恋。
前作にもまして、物語に起伏があり、メリハリがあって、おもしろい。
いい映画だった。
寅さんは泣いてばかりいた。
泣くといえば、渥美清は寅さんになる前に「泣いてたまるか」というドラマに出演していた。
まだ小さかったけれど、憶えている。
子どもにも泣けるドラマだった。

2018年12月9日日曜日

山田洋次「家族」

この映画を観たのは中学生の頃だ。
校外学習だったか、区の文化センターで上映された(うっすら記憶に残っている)。
長距離列車や夜汽車、大阪万博がまだ身近な時代だった。
出演者はきわめて少ない。
長崎西彼杵郡の島から北海道の中標津まで、ゲリラ的なロケーション撮影だったと知ったのはつい最近になってからだ。
地元の人たち(一般の方々)とのふれあいが描かれる。
リアリティがある。
そのなかに溶け込むような倍賞千恵子の演技がすばらしい。
1970年の上野駅周辺にはまだ都電が走っていた。

2018年11月21日水曜日

今村昌平「復讐するは我にあり」

緒形拳は、野村芳太郎監督「砂の器」の印象が強いせいか、あまり悪人に見えない。
「魚影の群れ」(相米慎二監督)で見せた頑固な漁師、「鬼畜」(野村芳太郎監督)における気弱な印刷屋など幅広い役をこなす名優であるには違いないが、強盗殺人鬼という設定には多少違和感をおぼえる。
先日『脇役本』(ちくま文庫)というおもしろい本を読んだ。
脇をかためる名優たちの残した本を紹介している。
殿山泰司、加藤嘉、清川虹子、北村和夫。
この映画もすばらしい脇役に支えられていた。

2018年11月6日火曜日

野村芳太郎「しなの川」

主演も主題歌も由美かおる。
おまけにヌードシーンもありで一見、アイドル映画かと思えるが、旅をする=移動する緊迫感や加藤嘉、浦部粂子ら名脇役を配するところなど随所に野村芳太郎らしさが際立つ。
徐々に謎解きされていく展開は単純であるけれど、十日町や長岡、伊豆、佐渡など挿入される風景が美しく、それだけでも満たされる映画だと思う。

2018年9月28日金曜日

スタンリー・キューブリック「時計じかけのオレンジ」

映画をさほど多く観ていないせいもあるが、キューブリックの作品は「2001年宇宙の旅」くらいしか知らない。
この映画の原題はA Clockwork Orengeという。
「時計じかけのオレンジ」とは何とも興味をそそる邦題だと思っていた(そのわりには長いこと観ることはなかったが)。
キューブリックらしい奇抜な映画だった(らしいなどと言うほど観てはいないのだが)。
まばたきできない状況というのは側で観ていても辛かった。

2017年1月24日火曜日

山本薩夫「皇帝のいない八月」

戦後30年以上経た1978年。僕は大学生になった。
大学には平和憲法を守るんだと声を上げる若者たちが多くいた。
寝台特急さくらをジャックするクーデター。憲法を改正し、ふるきよき美しい日本を取り戻そうと行動を起こす元自衛隊員がいる。
元自衛隊員の妻は吉永小百合。彼女とかつて将来を誓い合った雑誌記者が山本圭。
複雑な人間関係がひとつの列車に乗り合わせる。
三國連太郎、丹波哲郎、佐分利伸、大地喜和子、高橋悦史、さらには岡田嘉子に渥美清とキャストも豪華な作品だ。
ラストシーン。銀座の歩行者天国を闊歩する若者たち。平和を当たり前のことのように思っていた自分が映っているようだ。

2016年11月8日火曜日

野村芳太郎「鬼畜」

東武東上線の男衾から物語ははじまる。
舞台は川越の印刷屋。
東京タワーや上野の70年代後半の風景に出会える(松本清張が参考にしたという実際の事件はその20年ほど前に起きている)。もちろん景色を楽しんでいるどころじゃない。
印刷屋の店主は長男の死に場所をさがして北陸を旅する。昔仕事で訪ねた福井の海がなつかしい。
父親をかばう長男利一はまさに「砂の器」の秀夫の父千代吉(加藤嘉)のようだった。

2015年2月5日木曜日

熊井啓「忍ぶ川」

加藤剛と栗原小巻が出会い、勝鬨橋あたりから都電に乗って深川めぐりをする。
木場の町は水をたたえている。洲崎はパラダイスだ。
栗原小巻は州崎で生まれ育った。
加藤剛は雪深い東北の出身。
それぞれの人生に暗い影が落ちている。
サユリスト同様コマキストと呼ばれる熱狂的なファンが多くいることがわかる気がした。

2015年1月11日日曜日

山田洋次「幸福の黄色いハンカチ」

何度かテレビで観ていたけれど、じっくり最初から最後まで観るのははじめてだと思う。
武田鉄矢と桃井かおり。
軽薄で世俗的な若者ふたりがこのドラマにとって邪魔ものなんじゃないかとずっと思っていたけれど、今こうして見直してみるととてもいい役割を果たしている。
夕張炭鉱が閉山となった1977年に公開されたことと原作者がピート・ハミルだったことにちょっと驚かされた。
島勇作(高倉健)の服役中も炭鉱の町はにぎわっていた。撮影当時、まだまだ夕張は元気だった。
ピート・ハミルは20代の頃よく読んだ。
当時読んだ本の、ご多分にもれず、あまり憶えていないのだが。
倍賞千恵子がここでも光っていた。

2014年12月14日日曜日

ジョージ・ロイ・ヒル「スティング」

この作品ももういちど観ておきたい映画のひとつだ。
これまで何度も観てきて、何度もだまされている。
どこまでだましているのか、だまされているのか。観ているものたちも巻き込んでの大博打が繰り広げられる。
気持ちよく裏切られることがおもしろい映画には欠かせない。

2014年10月6日月曜日

ルキノ・ビスコンティ「ベニスに死す」

巨匠ルキノ・ビスコンティ。
といっても(おそらく)過去に観たことはなく、これがはじめて観る作品。
絵画のようなカットがふんだんにあり、マーラーの交響曲も心にしみる。じっと見つづけていたくなる。
今はそれくらいのことしか言えない。

2014年6月23日月曜日

黒澤明「どですかでん」

山本周五郎の『季節のない街』が原作。
この小説には『青べか物語』の浦安のように特定できる地域が見当たらない。
黒澤明はこの映画を南葛西あたりのロケ地と東宝のスタジオで撮ったという。公開が1970年、世界の国からこんにちはの年だから、すでに貧民窟も少なくなっていただろうし、登場人物の個性というか人間味を演出するには美術セットが必要だったにちがいない。
たんばさんの渡辺篤は五所平之助「マダムと女房」では劇作家役。コミカルなお父さんを演じていたが、この映画ではいちばん真っ当な生活をしている賢人役だ。唯一ほっとできる登場人物といえるかもしれない。
名もなく貧しく美しく生きるのも人間なら、無意味に愚かに生きていくのも同じ人間だ。山本周五郎の視点をみごとなまでに映像化した作品だった。

2013年1月12日土曜日

野村芳太郎「砂の器」


もういちど観ておきたい名画といえばもうこれしかない。
秀夫が千代吉に会いに駅に走ってくる。
三木謙一もそれを止めることはもうできない。
今西巡査部長が千代吉に青年になった秀夫の写真を見せる。
「そんな人、知らねえ」と嗚咽する千代吉。
これを泣かずにいられるか。