2020年8月26日水曜日

川村泰佑「映画 ひみつのアッコちゃん」

綾瀬はるかのいいところは(女優なんだから当然のことかもしれないが)なり切れるところだと思う。大人なのに小学生なんだという役であれば、とことんなり切る。世の中には絶対いないだろう役を見事に演じてみせる。

すごい役者だなと思う。

2020年8月24日月曜日

クリント・イーストウッド「ハドソン川の奇跡」

トム・ハンクスの映画には実話を題材にしたものが多い。「アポロ13」、「プライベート・アイアン」など。この映画も2009年に実際起った不時着事故がベースとなっている。

ただ「アポロ13」のように生還までのドラマを追う話ではなく、事故後の検証を舞台にしているところがなかなかおもしろい。

監督はクリント・イーストウッド。著名な俳優でもあった人だが、なにぶん映画は不勉強なもので彼の出演した映画も監督した作品もほぼ観ていない。

それにしてもいいシナリオだった。

2020年8月21日金曜日

宮崎吾朗「コクリコ坂から」

原作は漫画。舞台は横浜。この映画を観るまでは知らなかった。

コクリコ坂は山手から元町に通じる坂道と言われている。山下公園を歩いたりもする。1964年当時の横浜はもはやアニメーションでなければ再現できないだろう。

港南学園は希望ヶ丘高校がモデルらしい。横浜の名門校だ。

2020年8月17日月曜日

羽住英一郎「おっぱいバレー」

先週のことだったか、夢に綾瀬はるかがあらわれた。どうしたわけか、デートすることになった。彼女はお気に入りの女優であることはたしかだが、夢のなかに登場するほど大ファンだったろうか。

女性の教師がある日、ある学校にやってきて、事件を起こして去っていく映画やドラマはパターンとしてあるものの、動機が不純すぎて過ぎてかえっておもしろい作品になっていた。

元カレと再会を果たしたところで「このおっぱいはわたしだけのものじゃないの」と拒絶するシーンは笑えた。

どんなに理不尽であっても人間は「約束」を大切にする素晴らしい生きものだということと、中学生というやつらは(自分も含めて)なんと下等な生きものであるかということをこの映画から学んだ。

2020年8月16日日曜日

フランクリン・J・シャフナー「猿の惑星」

先日、南房総に墓参りに行ってきた。

幼少の頃は夏休みになると祖父が迎えに来てくれて、姉と3人、両国駅から列車に乗って行ったものだが、アクアラインができて以降、房総、とりわけ内房の旅はモータリゼーションが急速に進んだ。往きも帰りも高速バスである。気がつけば、僕たちを連れに来た祖父の年齢になっている。

往復のバスのなかで村上春樹の『一人称単数』を読んだ。

人間のことばをしゃべる猿が登場する短編がある。だからというわけではないけれど、猿のことばをしゃべる人間が登場する映画を観た。

 1968年、50年以上前の作品。

子どもの頃は、学校でもちょっとした話題になった映画だった。なにせ猿の方が人間より進化しているなんて、それだけでもじゅうぶんおもしろい。

2020年8月10日月曜日

森谷司郎「日本沈没」

 小松左京原作の『日本沈没』は1973年にベストセラーになったSF小説で、その年に映画化もされている。

僕は中学生で映画とは無縁の生活を送っていたけれど、当時話題になった本と映画という記憶だけは残っている。

50年近い時を隔てて観てみると、まあ怪獣の出てこない大人の特撮映画だったことがわかる。

今だったらコンピュータグラフィックスを駆使したりするのだろうが、当時はミニチュアをつくって破壊したり、燃やしたりしていたのだろう。

50年近く経って、コンピュータグラフィックスを駆使することもできない僕がとやかく言うのことではないが。

2020年8月4日火曜日

相米慎二「翔んだカップル オリジナル版」

思春期というのは大人の幼虫みたいなもので、いったいどのような思考回路で生きているのかたいへんわかりにくいものである。
もちろん大人になったからといって、計算通り、予定調和的に生きていくわけでもない。
人はみな、大人になる前の乳幼児期を意識的に過ごして成長していくはずなのに、ふりかえってみると奇妙奇天烈な日々を過ごしている。
そしてこうした恥ずかしい日々はすっぽりと記憶から抜け落ちてしまう。
相米慎二は、人間の、不思議な生きもの時代を描くのがうまい。
不完全なものを不完全に表現できることはたいせつなことだと思う。
この映画1980年に公開されたのち、オリジナル版としてその3年後に公開されている。
最初の公開版を観ていないので、どこがどうオリジナルなのかはわからない。
ロケ地は日大二高だという。
そういわれてみるとそんな気もする。