2018年8月6日月曜日

デミアン・チャゼル「ラ・ラ・ランド」

アメリカ製のオールドシネレンズで写真を撮るとなんてことない風景が思いのほか色鮮やかに写し出され驚くことがある。
オープニングはまさにアメリカ的色彩。この映画に対する期待が一気にふくらんでくる。
以前観たことがあるヒロインは、ウディ・アレン監督「マジックインムーンライト」のエマ・ストーンである。
ライアン・ゴズリングと彼女はそれぞれの道を歩む。ほろ苦くて、せつないラストではあるけれど、それぞれが幸せであることが何より救いだ。

2018年7月23日月曜日

瀬々敬久「64-ロクヨン-後編」

64の後編を観る。
そうだそうだ、こんな話だったと思い出す。
このあいだ「大いなる旅路」を観た。
佐藤浩市は三國連太郎の息子である。
父は鉄道員で息子は警察署の広報官だ。
息子は大間でまぐろを釣ってもいた。
こんなことはいくら言ってもきりがない、あくまで配役の話だ。
でも息子もいい役者だと思う。

2018年7月17日火曜日

小林達夫「合葬」

彰義隊のことを少しくわしく知ったのは吉村昭の長編小説による。
その後、杉浦日向子の『合葬』を読む。
この映画の原作である。
歴史の中の彰義隊ではなく、彰義隊の中にあったであろうドラマが語られている。
おそらく原作者の創作だろう。
けっして饒舌な物語ではない。
映画も寡黙である。
セリフの多寡ではなく、情景も心理描写も何もかもが寡黙である。
こういう映画はきらいじゃない。

2018年7月13日金曜日

瀬々敬久「64-ロクヨン-前編」

横山秀夫『64(ロクヨン)』を読んだのはたしか2年前。
ちょうど映画が公開された頃だった。
映画が話題になっていたので読んでみたのだろう。
原作を読んだら、映画も観てみようと思った。
あれから2年が過ぎてしまった。

2018年7月12日木曜日

舛田利雄「二百三高地」

日露戦争における旅順陥落に関しては乃木司令官以下日本陸軍の愚直な戦術がしばしば取り沙汰されている。
事実だったどうかも今となってはわからない。
3時間を超える映画で二百三高地を合理的に攻めはじめるまで2時間半近くを要する。
うず高くつまれた屍に乃木希典は思いを馳せる。
小賀中隊長の最期。詳細な描写は必要だったのかとも思うが、そうでもしなければあおい輝彦の気持ちは夏目雅子に伝わらなかったのかも知れない。
夏目雅子ってきれいだな。あらためて思う。

2018年7月11日水曜日

マルク・フィトゥシ「間奏曲はパリで」

ノルマンディで夫と畜産を営むブリジット(イザベル・ユペール)がある日夫に嘘をついて二泊三日でパリへ小旅行に出かける。
三日間は冒険でもあり、放浪でもある。
パリには行ったことがない。
ブリジットのように歩けばいいのかも知れない。恰好のパリ入門映画である。
パリを彷徨うおばさんのホールデン・コールフィールドみたいだ。
夫(ジャン=ピエール・ダルッサン)がこっそり後を追う。
失意のまま息子のアクロバットを観る。ここがいい。

2018年7月9日月曜日

関川秀雄「大いなる旅路」

新藤兼人が脚本を書いた東映映画である。
盛岡の機関士は三國連太郎。
不器用な男の生き様が武骨に描かれている。
大正末年からドラマがはじまる。
物資が乏しくなる。長男は招集される。三男は予科練に志願する。
暗い時代を機関車だけが走り続ける。
こういう映画を今観ることができる幸せを噛みしめたいと思う。

2018年3月5日月曜日

原田眞人「突入せよ!「あさま山荘事件」」

1972年。
講堂件体育館ではほうきをスティックに、輪投げの輪をパックにしたアイスホッケーごっこが流行っていた。
札幌オリンピックでにぎわっていたテレビが何週間も経たないうちに凄惨な事件現場を連日中継いていた。
連合赤軍という言葉の意味はよくわからなかった。犯人たちは名のある大学に通った若者が多いと聞いた。
もうすぐ中学生になる自分は恐怖と不安のまなざしでじっとテレビを視ていた。
大人になるのが怖かった頃のできごとである。

2018年2月13日火曜日

川島雄三「幕末太陽傳」

観たい観たいと思いながらなかなか観ることができなかった映画。
落語の居残り佐平次でおなじみのストーリー。江戸時代の末期には古典落語なんて言葉はなかったんだろうと思う。
落語では高杉晋作はたしか出てこなかったと思う。石原裕次郎がデビューするのは昭和になったからだしね。
佐平次の咳が気になる。無事に長生きしてほしいキャラクターだから。

2018年1月5日金曜日

スタンリー・キューブリック「2001年宇宙の旅」

何度も観ても素晴らしい映画だ。
人類がまだ月に降り立ってもいず、男子100メートルでようやく10秒を切った1968年の作品。
当時の映像制作技術に思いを馳せる。
コンピュータ・グラフィックス技術はあったかもしれないが、実用的なレベルであったかどうか。ひとつひとつの未来がことごとく手づくりされている。
今から半世紀前、想像力はクラフトワークでカタチになっていたことがわかる。
未知の宇宙の映像にR.シュトラウスをはじめとしたクラシックの名曲を響かせる。
いつまでたっても新しい稀有な映像作品である。

2018年1月4日木曜日

新海誠「君の名は」

年末年始はテレビでいい映画を観ることができる。
大晦日は朝からNHKBSで黒澤明監督の映画を立て続けに放映した。
正月の煮物をつくりながら観たかったけれど、片手間に観るような映画ではない。
元日もBSでは「合葬」「ジョーズ」「ニューシネマパラダイス」「タイタニック」と目白押しだった。
落ち着いてテレビで映画を観たのは3日に放映された「君の名は」である。地上波初放送とのことだった。
四谷の須賀神社の参道や信濃町駅前の歩道橋など見慣れた風景もアニメーションになると新鮮に見える。
背景が少しリアル過ぎるかと思ったけれど、それはそれでわるくない。

2017年11月12日日曜日

庵野秀明「シン・ゴジラ」

昨年公開された話題作がはやくも地上波登場ということで楽しみにしていた。
巨大不明生物は羽田沖から呑川を遡上する。呑川はかつて大森と蒲田を区境に流れていた河川であるが、今は新呑川と呼ばれ、蒲田側を流れている。
巨大不明生物があらわれたのは蒲田だ。金春、歓迎、你好など餃子の名店はだいじょうぶかと心配になる。
この時代の人たちは昔ゴジラを映画で観なかったのだろうか、なかなかゴジラと呼ばない。政府の対応も後手を踏む。なかなか大人の映画だった。
リヤカーに家財道具を積んで逃げ惑う人もいなかった。みんな大人になっていた。

2017年11月3日金曜日

アンヌ・エモン「ネリー・アルカン 愛と孤独の淵で」

久しぶりに映画館に足をはこぶ。
YEBISU GARDEN CINEMA。
実在したカナダの女性作家が主人公だ。高級エスコートガールから作家に転身し、書くほどに自分自身を喪失していく。やがて破滅的に自死を遂げる。
ところどころフランス語の単語が聞きとれる。テレビやラジオのフランス語講座で例文になるような文章。もちろん聞きとれない部分の方が圧倒的だ。
すいすいとわかるようならもっとちがう人生を歩んでいたはずだ。
恵比寿ガーデンプレースではバカラのシャンデリアが点灯していた。

2017年9月25日月曜日

今西隆志「機動戦士ガンダム THE ORIGIN I~IV」

1979年にテレビ放映された「機動戦士ガンダム」、いわゆるファーストガンダムは81~82年に劇場版が公開された。
たいして知識はなかったが、何度も観ているうちに主人公はジオン軍の軍人シャア・アズナブルであることがわかる。その妹はセイラ・マスでこちらは連邦軍のパイロットだ。
そしてふたりはジオン公国のつくったジオン・ズム・ダイクンの遺児であることがわかってくる。
ファーストガンダムはどちらかといえば連邦軍にスポットが当てられている。アムロ・レイがモビルスーツガンダムの開発者テム・レイの息子であることもわかる。
ところがシャア・アズナブルとセイラ・マス(キャスバル・レム・ダイクンとアルテイシア・ソム・ダイクン)の生い立ちに関しては靄がかかったままだった。
と思っていたらこういうストーリーがちゃんとあった。
『ガンダムエース』というガンダム専門の漫画雑誌に連載されていた。その後このコミックが映画化され、シャア誕生の秘密が明かされることになる。

2017年9月13日水曜日

前田司郎「ふきげんな過去」

旧東海道の品川宿あたりが舞台になっている。
新馬場駅の近くだろう。島倉千代子が生まれ育った北品川だ。
果子の通う学校はかもめ橋の向こうにあるようだ。八潮団地にある設定なのだろう。
地元というには少し遠いがよく散策する地域が映しだされている。それだけで親しみがわいてくる。
ストーリーもよくできている。いい映画だった。

2017年9月1日金曜日

リドリー・スコット「ブレードランナー ファイナル・カット」

2020年。
オリンピック・パラリンピックの東京開催も近い。
BSで録画した「ブレードランナー ファイナル・カット」を観る。
2019年の話だ。公開当初の1982年には思いもよらなかった世界が描かれている。
おそらく再来年までにクルマは空を飛ばないだろうし、液晶ディスプレイがブラウン管に戻ることも考えにくい。
もちろんレプリカントなんて生産されはしないだろうが、アンドロイドはOSとして跋扈している。
映画で描かれた未来はこうしてたえず現実とくらべられる。滑稽にも思われる。
だけど映像製作者の未来に挑む姿勢は高く評価したい。

2017年7月5日水曜日

小林正樹「この広い空のどこかに」

高峰秀子が川崎の酒屋森田屋の娘役。
空襲で足を悪くした。心に思う人はいるけれど屈折した人生を送っている。
成瀬巳喜男監督「乱れる」では静岡の酒屋、やはり森田屋という名だったが、夫に先立たれた嫁の役だった。
次男である加山雄三と恋に落ちる。
川崎の森田屋は佐田啓二、久我美子の長男夫婦が店を切り盛りしている。母は浦辺粂子、次男石濱朗。
何かが起こりそうな起こらなさそうな。
結局何も起こらない。
よかった、何も起こらなくて。

2017年6月20日火曜日

是枝裕和「海街diary」

時の流れにほったらかしにされたような古民家に住む四姉妹の物語。
鎌倉の海沿いの街がよくマッチしている。
人が死ぬことで少しづつ時間が動く。運命だけがよどみのような時間に流れをもたらす。
大竹しのぶが、堤真一が、この安定をかき乱そうとする。
が、やがて泥が沈殿するように静かな流れが取り戻される。
そういえばしばらく鎌倉に行っていない。

2017年6月16日金曜日

斎藤武一「愛と死をみつめて」

「キューポラのある街」に続く吉永小百合の名作。
顔を半分隠しての大ヒット、吉永小百合の存在感が際立つ。
子どもの頃テレビドラマで視た記憶の中のミコは島かおりだった。
不治の難病に冒され若くして死んでいくヒロインを見るのは悲しすぎていやだった。
今、歳をとってから見てみると不思議と浜田光男の立ち位置ではなく、笠智衆に感情移入してしまう。
大阪の病院を見舞って列車で兵庫に帰る父。ミコとマコがホームで手を振る。車窓から手を振り返す父。
やがて娘の姿が見えなくなり、父はひとり嗚咽する。
めずらしくほとばしる感情をおさえきれない笠智衆の演技。
いちばん泣けるシーンだった。

2017年6月5日月曜日

若松節朗「柘榴坂の仇討」

柘榴坂は品川駅前から二本榎の方に上っていく坂だ。
事の起こりは安政7年3月3日、桜田門外の変。
井伊掃部頭の警護をしていたのが志村金吾、駕訴状を持って金吾に第一刀を振るったのが佐橋十兵衛。
彼らは歴史上の人物ではない。創作された登場人物だ。
原作は浅田次郎。
彼らしい大人のおとぎ話だ。