2020年12月26日土曜日
ジョージ・ルーカス「アメリカン・グラフィティ」
題名は知っているけれど、どんな映画かわからない作品が僕の場合、多い。
この作品もそのひとつだ。
要するに、これは「スタンド・バイ・ミー」の青春版なのだと気づく。
そうじゃない。
「スタンド・バイ・ミー」がこの映画の少年版なのだ。
「ララランド」を先に観て、「巴里のアメリカ人」を後で観た。
それと似た感覚。
60年代のアメリカはどれだけガソリンを燃やしていたのだろう。
2050年に見直したら、自動車が蒸気機関車に見えるかもしれない。
2020年10月10日土曜日
スティーヴン・スピルバーグ「E.T.」
観ていないのに観たつもりになっている映画は多い。
この映画はテレビで放映されて、何度か観はじめて、何度も途中でやめてしまっている。途中から観て、最後だけ観た記憶もある。通して観たことがなかった。
最初から最後まで通しで観て、何度か既視感に襲われながら、結果としていい映画だと再認識する。2時間ほどの映画ではあるが、シリーズ化されてもよかったと思う。
2020年9月12日土曜日
内田吐夢「飢餓海峡」
まぎれもない名作であるが、原作を読んだこともなく、映画も観たことはなかった。内田吐夢監督の映画もおそらくはじめて。
やはりこういう映画は観ておかなくてはいけない。たとえそれが3時間であろうが4時間であろうが(実際のところ録画したものを二日にわけて観た)。
10年前の事件。証拠はない。記憶と証言だけが頼りだ。
人を信じるか、信じないか。これはたいせつなことだ。人間として深い問題を含んでいる。
2020年9月7日月曜日
藤田敏八「赤ちょうちん」
タイトルは赤ちょうちんだが、赤ちょうちんは出てこない。主題歌もかぐや姫の「赤ちょうちん」だが、赤いマフラーをして銭湯から帰るシーンはあるが、その歌詞は「神田川」のもので「赤ちょうちん」ではない。
かといって題名から想像できる内容の映画ではないとも言えない。1970年代の空気がそこに漂っている。どこかで見たことのある風景が連なる。どこにでもあるような町が映し出される。どこかにいたであろう若者たちが住んでいる。
でも、人も町も風景も遠い過去になってしまっている。
2020年9月1日火曜日
曽利文彦「ピンポン」
漫画が原作という映画は多い。
松本大洋原作のこの漫画を雑誌に連載されている頃から読んでいた。映画化されると聞いて、楽しみにしていた。
というわけでもう何度も観ている。今回で何回目になるだろう。
それでも月本が井浦新だったのか、とか脚本は宮藤官九郎だったんだとクレジットを見てはじめて気が付くことも多い。
僕はこの映画の、どこを観ていたのだろう。
先日藤沢に行ったことを思い出した。
2020年8月26日水曜日
川村泰佑「映画 ひみつのアッコちゃん」
綾瀬はるかのいいところは(女優なんだから当然のことかもしれないが)なり切れるところだと思う。大人なのに小学生なんだという役であれば、とことんなり切る。世の中には絶対いないだろう役を見事に演じてみせる。
すごい役者だなと思う。
2020年8月24日月曜日
クリント・イーストウッド「ハドソン川の奇跡」
トム・ハンクスの映画には実話を題材にしたものが多い。「アポロ13」、「プライベート・アイアン」など。この映画も2009年に実際起った不時着事故がベースとなっている。
ただ「アポロ13」のように生還までのドラマを追う話ではなく、事故後の検証を舞台にしているところがなかなかおもしろい。
監督はクリント・イーストウッド。著名な俳優でもあった人だが、なにぶん映画は不勉強なもので彼の出演した映画も監督した作品もほぼ観ていない。
それにしてもいいシナリオだった。
2020年8月21日金曜日
宮崎吾朗「コクリコ坂から」
原作は漫画。舞台は横浜。この映画を観るまでは知らなかった。
コクリコ坂は山手から元町に通じる坂道と言われている。山下公園を歩いたりもする。1964年当時の横浜はもはやアニメーションでなければ再現できないだろう。
港南学園は希望ヶ丘高校がモデルらしい。横浜の名門校だ。
2020年8月17日月曜日
羽住英一郎「おっぱいバレー」
先週のことだったか、夢に綾瀬はるかがあらわれた。どうしたわけか、デートすることになった。彼女はお気に入りの女優であることはたしかだが、夢のなかに登場するほど大ファンだったろうか。
女性の教師がある日、ある学校にやってきて、事件を起こして去っていく映画やドラマはパターンとしてあるものの、動機が不純すぎて過ぎてかえっておもしろい作品になっていた。
元カレと再会を果たしたところで「このおっぱいはわたしだけのものじゃないの」と拒絶するシーンは笑えた。
どんなに理不尽であっても人間は「約束」を大切にする素晴らしい生きものだということと、中学生というやつらは(自分も含めて)なんと下等な生きものであるかということをこの映画から学んだ。
2020年8月16日日曜日
フランクリン・J・シャフナー「猿の惑星」
先日、南房総に墓参りに行ってきた。
幼少の頃は夏休みになると祖父が迎えに来てくれて、姉と3人、両国駅から列車に乗って行ったものだが、アクアラインができて以降、房総、とりわけ内房の旅はモータリゼーションが急速に進んだ。往きも帰りも高速バスである。気がつけば、僕たちを連れに来た祖父の年齢になっている。
往復のバスのなかで村上春樹の『一人称単数』を読んだ。
人間のことばをしゃべる猿が登場する短編がある。だからというわけではないけれど、猿のことばをしゃべる人間が登場する映画を観た。
1968年、50年以上前の作品。
子どもの頃は、学校でもちょっとした話題になった映画だった。なにせ猿の方が人間より進化しているなんて、それだけでもじゅうぶんおもしろい。
2020年8月10日月曜日
森谷司郎「日本沈没」
小松左京原作の『日本沈没』は1973年にベストセラーになったSF小説で、その年に映画化もされている。
僕は中学生で映画とは無縁の生活を送っていたけれど、当時話題になった本と映画という記憶だけは残っている。
50年近い時を隔てて観てみると、まあ怪獣の出てこない大人の特撮映画だったことがわかる。
今だったらコンピュータグラフィックスを駆使したりするのだろうが、当時はミニチュアをつくって破壊したり、燃やしたりしていたのだろう。
50年近く経って、コンピュータグラフィックスを駆使することもできない僕がとやかく言うのことではないが。
2020年8月4日火曜日
相米慎二「翔んだカップル オリジナル版」
2020年7月23日木曜日
フランク・ダラボン「グリーンマイル」
2020年7月14日火曜日
ウッディ・アレン「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」
2020年6月20日土曜日
ジョン・スタージェス「老人と海」
2020年6月8日月曜日
熊井啓「黒部の太陽」
2020年6月5日金曜日
チャン・フン「タクシー運転手」
2020年6月3日水曜日
アルフレッド・ヒッチコック「サイコ」
2020年5月29日金曜日
サム・ペキンパー「昼下がりの決斗」
2020年5月25日月曜日
井上梅次「嵐を呼ぶ男」
2020年5月22日金曜日
舛田利雄「あゝひめゆりの塔」
2020年5月20日水曜日
チャールズ・チャップリン「独裁者」
2020年5月1日金曜日
ルネ・クレール「巴里の屋根の下」
手狭なアパートメントの前で歌を歌っていたジーン・ケリーを思い出す。
パリに行ったことはない。
きっとこんな街並みがあるんだろうなと思いながら観た。
2020年4月29日水曜日
チャールズ・チャップリン「殺人狂時代」
先にヒットした「黄金狂時代」にあやかって付けられた邦題か。
原案はオーソン・ウェルズ。
実在した殺人鬼を主人公に脚本を書き、チャップリンに主演を依頼したのがきっかけだそうだ。
チャップリンはそのとき断ったのだが、後に作品を考案する。
クレジットに“原案 オーソン・ウェルズ”とあるのはこのことによる。
チャップリン映画はいずれもコメディだけでなく、ある種の深みを持っているが、この作品も例外ではない。
重厚なメッセージを含んでいる。
2020年4月17日金曜日
チャールズ・チャップリン「街の灯」
古い映画には古い映画のよさがある。
場面展開はめまぐるしいものの、ストーリーはいたってシンプル。
心に残るつくりになっている。
ラストはこれでよかったのか、そうじゃない終わり方もおそらくあっただろうけれど、救われた気がした。
2020年4月10日金曜日
チャールズ・チャップリン「黄金狂時代」
この作品は特に傑作として名高い。
山小屋のシーンやジョージアとの再会をはじめ、いくつものシーンが心に刻まれる。
映画史に残る名作だ。
2020年4月1日水曜日
チャールズ・チャップリン「モダン・タイムス」
そのニュースと呼応するようにBSプレミアムでこの映画が放映された。
歴史に残る名画であるが、なんといっても美術が素晴らしい。
喜劇の舞台であるにもかかわらず、それぞれのセットが文明を冷笑し、非人間的な時代を批判している。
舞台装置がしっかりしていることは、すぐれた喜劇に欠かせない要素だ。
「8時だョ!全員集合」を思い出してしまった。
2020年1月30日木曜日
佐藤純彌「おろしや国酔夢譚」
江戸時代から漂流民は多くあったと言われる。
アメリカやロシアに漂着した者はむしろ幸運な方で、たいてい破船して海の藻屑となっている。
光太夫ら白子浦の水主たちは、カムチャツカの島に流れ着いた。
可能性としてはかなり低い。
そして漂流民となった日本人が当時のロシアで生還する可能性は皆無に等しかった。
日本への帰還も奇跡なら、一連の漂流民の生活が書き記されていたことも奇跡である。
まさに奇跡の映画だ。
2020年1月20日月曜日
山崎貴「ALWAYS三丁目の夕日'64」
この映画の見どころは、コンピュータグラフィックスで再現されたなつかしい東京の風景、そして細かに描かれた小道具の数々など当時のシズル感ではあるけれど、何より素晴らしいと思えるのは、茶川竜之介(吉岡秀隆)と古池淳之介(須賀健太)の会話である。
ふたりの演技は秀逸なのだが、とりわけ吉岡の劇中劇的な、芝居には感嘆する。
淳之介に言いたくない台詞を言う、とりたくない態度をわざととる。
そんな芝居が観ているものをしっかり泣かせてくれる。
間に入ったヒロミ(小雪)も難しい表情を見事に演じている。